公害資料館のネットワーク協働ビジョン(2016年3月4日)

1.はじめに――協働ビジョンを定めるに至った経緯
2.協働ビジョンの提起のための共通認識と定義
   2-1.公害資料館とは
   2-2.公害資料館ネットワークの「協働ビジョン」とは
   2-3.公害資料館をめぐるステークホルダーの関係性
   2-4.「協働するための姿勢」とは
   2-5.協働ビジョンの今後の取り扱い方について
3.公害資料館ネットワークの協働ビジョン
   3-1.全国の公害資料館ネットワークにおける協働ビジョン
   3-2.多様な主体との協働
   3-3.協働するための姿勢

資料編
(PDF参照/公害資料館ネットワークの協働ビジョン全文)
1.各地方の公害資料館が考える「地方での協働」に関する意見
2.「公害資料館ネットワークにおける今後の事業プラン」として寄せられた意見
3.公害資料館連携とは(2014 年度合意事項として)
4.用語集

公害資料館ネットワークの協働ビジョン作成に向けて

私は1970年代に小中学校の教師となり、公害教育/人権教育に力を注いでまいりました。縁あって2002年から公害地域再生に取り組む公益財団法人 公害地域再生センター(愛称 あおぞら財団)の役員となり、再び公害教育に向き合うこととなりました。ちょうど2000年に開催された「環境と公害」教育研究全国集会水島大会に参加した時に、公害教育が環境教育に引き継がれていない危機感を感じました。

そして、2007年に神岡鉱山の立ち入り調査に参加した時、近藤忠孝弁護士から「我々は闘いでは頑張ってきたけれども、次の世代に公害の経験を伝えるところまで力が及ばなかった」と環境教育への期待の言葉を頂きました。そこで実施したのが、公害地域の今を伝えるスタディツアー(あおぞら財団主催:地球環境基金助成事業。2009年富山・2010年新潟・2011年大阪)でした。このツアーの参加者の大半は教員を目指す学生であり、彼らは公害が引き起こした被害の重さだけでなく、社会的公正を信念として裁判を闘ってきた人々と出会い、立場が違う人たちの緊張した空間の中に身を置き、自分の考えを伝える経験をしました。その経験と深い学びは学生のその後の進路にも影響を与えました。このことから、公害教育の持つ“新たな可能性”にあらためて気づきました。

その後、スタディツアーでつながった公害被害地域を結ぶ人の縁は広がり、公害資料館ネットワークという一つの協働の姿を浮き出させてまいりました。これは私たち資料館連携に関わる当事者の思いだけではなく、関礼子さんの言葉を借りるならば「痛みを学びに還元していく回路を切り拓く」ことの重要性を、社会の様々な立場にある人々が持ち、それぞれの立場からご支援いただいている結果だと思います。

我々の協働の取り組みは「公害の問題」を次世代に伝えるということにとどまらず、地球規模での環境の問題の解決には人権や社会的公正の問題が深く関わっているという、「持続可能な開発のための教育(ESD: Education for Sustainable Development)」としても大きな意味を持つものです。そのことからESDに関わる市民運動(ESD-J他)や環境行政、環境教育研究者にも注目されてまいりました。

今後の協働を推進していくためには、研究者、学校、企業など様々な主体との間で、具体的なロードマップを描いていく必要があります。

しかし公害裁判の長い歴史は、それぞれの被害地域の中で人々の関係を切り裂いてまいりました。水俣の「もやいなおし」、新潟の「ろばだん」のように、人々を対話によって結び直していく努力が、地を這うように続けられてきました。そのような歴史的な文脈を踏まえて、地道ではありますが“小さな協働”の実績を積み上げていきたいと考えております。

公害資料館ネットワーク代表 高田 研(都留文科大学教授)

 

1.はじめに――協働ビジョンを定めるに至った経緯

公害問題が社会問題となった1960年~1970年代に、日本に公害教育という分野が誕生しました。その公害教育とは、公害について学ぶという意味もありましたが、公害反対運動と連動していたため、公害反対運動のための学びという側面を持ち合わせていました。そのため、公害教育が公害反対運動と同義で理解されることが多く、行政や企業を批判的に論じるものが大多数でした。

公害教育に、公害反対運動とは違う目的が付されるのは1990年代以降になります。公害裁判の和解に伴い、各地で公立の公害資料館が建設されます。これまでの公害教育は公害を「今そこにある問題」として語っていましたが、設立された公立の公害資料館では公害を「経験」と位置づけ、多くの人に伝えることを目的としました。これは、公立の公害資料館が公害による差別の解消のために正しい知識を伝える使命を背負っていたからです。

時を同じくして、民間組織が公害地域の再生活動をはじめ、新しい公害教育の試みがスタートしました。その一つが「公害地域の今を伝えるスタディツアー」(あおぞら財団主催:地球環境基金助成事業、2009年富山・2010年新潟・2011年大阪)です。これは、公害をめぐるステークホルダー(被害者・住民・企業・行政など)のヒアリングをするという参加型の学習でした。この学習の特徴は、教育を切り口にして、これまでは対立関係にあった企業や行政を繋いだことにあります。つまり「このスタディツアーは企業や行政を非難するための場ではなく、考え方や取り組みを教わりたい」という問いかけが企業や行政の対話する姿勢を引き出すことに繋がりました。

こうした各地で公害教育を実施している組織の交流を図ることを目的として、2013年度から環境省「地域活性化を担う環境保全活動の協働取組推進事業」(2014年度から「地域活性化に向けた協働取組の加速化事業」)を活用して、新潟県立環境と人間のふれあい館の塚田眞弘館長とあおぞら財団から、公害資料館ネットワーク結成の呼びかけを各機関・団体に行いました。そして、2013年12月7日に公害資料館ネットワークが結成されました。このネットワークにおいて「公害資料館連携フォーラム」が毎年開催されるようになり、公害を学ぶことの可能性、語り部の高齢化などの課題などに対して、議論を重ねることができるようになりました。こうした積み重ねの結果、各組織・団体間に信頼関係が構築され、このたび2015年度に公害資料館ネットワークの協働ビジョンを提案することとなりました。

2.協働ビジョンの提起のための共通認識と定義

2-1.公害資料館とは

協働ビジョンの提起においては、公害資料館とは、公害地域で、公害の経験を伝えようとしている施設や団体のことを指します。公害資料館の機能としては、展示機能・アーカイブズ機能・研修受け入れ(フィールドミュージアム)の3分野のどれかを担っており、必ずしもハードとしての建物の有無は問いません。また、運営主体についても国・地方自治体・学校・NPOなどがあり、公立/民間など様々な運営形態があります。したがって、各公害資料館の間には立場による運営方針や主張の違いがあってもよいと考えています。

2-2.公害資料館ネットワークの「協働ビジョン」とは

「協働ビジョン」とは、全国の公害資料館がそれぞれの地域としてではなく、公害資料館ネットワークとして共に活動するために共通に掲げる目標です。これは恒久的、普遍的な目標としてではなく、取り組みが進むに従い、順応的かつ具体的に見直されるべきものです。

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2-3.公害資料館をめぐるステークホルダーの関係性

公害資料館をめぐっては、様々な関係者が多層的に存在しています。公害資料館同士は協働ビジョンの達成を目指すとともに、日々の活動ではそれぞれの地域で各種団体や組織との協働に取り組んでいます。ここに関わる人たちは、各地域でそれぞれ異なる事情や難しさがあることへの理解が重要です。

2-4.「協働するための姿勢」とは

各個人や組織が異なる事情や難しさを持ちながら取り組むことから、みなが寄って立つ考え方が必要です。ここでは「協働するための姿勢」として示します。これは、協働ビジョンの実現を目指した時に、各個人が立場や状況の異なる中で取り組むために必要な規範、考え方、態度です。

2-5.協働ビジョンの今後の取り扱い方について

ここに掲げた協働ビジョンは、これまで議論に参加した多くの方々・組織・団体によって築かれた現時点での到達点としての文章です。今後は、この協働ビジョンの実現を目指してなされるであろう様々な活動を通じて、協働ビジョンの内容の深まり、新たに議論に加わる方々による新しい意見の追加が望まれます。したがって、協働ビジョンの今後の取り扱い方としては、今回の協働ビジョンを「立ち戻れる議論の合意点(議論の中間地点、セーブポイント)」とし、更なる議論と合意を原則として、試行錯誤を繰り返し、常に改訂され続けます。

3.公害資料館ネットワークの協働ビジョン

3-1.全国の公害資料館ネットワークにおける協働ビジョン

各地で実践されてきた「公害を伝える」取り組みを公害資料館ネットワーク内で共有して、多様な主体と連携・協働しながら、ともに二度と公害を起こさない未来を築く知恵を全国、そして世界に発信する。

(ビジョンの解説)

■ 各地方の公害資料館がここにつどい、共通の目標を掲げることは新しく大きな一歩と捉えます。各地方の公害資料館は、地域に固有の条件や今なお解決していない難しい状況の中でも絶えず、資料の収集・保存・分析と、それに基づいた「公害を伝える」活動を実践してきました。こうした個別的な活動の積み重ねによって経験的に得られた知見や知識(経験知)は、公害資料館同士で共通するものもあれば、異なるものもあります。こうした違いを肯定的に捉え、公害資料館同士で経験知を交換・共有することは有益と考えています。

■  公害による犠牲と被害や、環境再生に向けた取り組みは、忘れてはならない事実です。公害資料館ネットワークでは、「公害を学ぶ」とはこうした公害の経験から「二度と公害を起こさない社会の仕組み」や「環境を守るための手法や知識」などの未来を築く知恵が生まれることと認識しています。さらに、公害資料館ネットワークだけでなく被害者・地域住民、行政、研究者・専門家、NPO/NGO、企業、学校などの多様な主体と一緒に知恵を深めるとともに、具体的な連携・協働を通じて社会実現していくことが必要不可欠であると考えています。

■  今後、公害が発生する可能性がある、またはすでに公害による環境汚染が生じ、被害に苦しみ犠牲になっている世界の国・地域・人々がいます。「公害を学ぶ」ことから生まれる知恵は、日本だけでなくこうした世界の国・地域・人々にとっても未来を築く知恵になると考えています。公害資料館ネットワークでは今後蓄積されるであろう未来を築く知恵を日本から世界に向けて発信し、公害の発生を未然に防ぎ、環境の保全・回復、健康な暮らし、公害によって疲弊した地域社会の再生のために積極的に貢献していきます。

3-2.多様な主体との協働

1)公害資料館ネットワークから各地方の公害資料館への願い

地域の期待やニーズに耳を傾け、「公害の歴史と資料と経験」を踏まえ、世代、地域、立場、状況の異なる様々な主体とのつなぎ役となって、信頼関係を構築しつつ、今よりも良い地域をつくっていきます。

(願いの解説)

■ 各地方の公害資料館はそれぞれの事情のもとに現場で活動しているため、あえて統一的な目標を掲げる必要はないと考えています。したがって、公害資料館ネットワークは、各地方の公害資料館およびそれと連携・協働する人々・組織・団体への願いとしてここに掲げます。

■ 公害資料館にとって「公害の歴史と資料と経験」を収集・整理・分析することが活動の基盤となります。公害資料館は資料の収集・保存に留まらず、地域からの期待やニーズに耳を傾け、出来る限り広く公開・活用することで、地域再生にとっての資源となります。

■ 公害を伝える活動は被害者だけではなく、世代、地域、立場、状況の異なる様々な主体によって行われています。公害資料館は、このように違いを持つ主体の中でも公設民設を問わず資料に基づいた科学的な視点や教育的な機能を持っています。このため、ヒト・モノ・コトのつなぎ役を担えると考えています。

■ 公害地域の再生を目指し、今よりもよい地域をつくるためには、公害資料館だけではもちろん成し得ません。したがって、これまで共に活動していなかった人々とも連携・協働して、互いに掛け替えのないパートナーとして信頼関係の構築を重視します。

2)公害資料館ネットワークから全国規模の主体に向けた呼びかけ

環境、教育、福祉などの発展・向上に取り組む全国規模の主体と協力して、「公害を伝える」意義を再構築しつつ、ともに二度と公害を起こさない持続可能な社会の実現を目指していきたい。

(呼びかけの解説)

■ 各地方の公害資料館は、公害の経験から様々な知恵を生み出し、蓄積してきました。こうした経験知を公害資料館ネットワーク内だけに留めることなく、二度と公害を起こさない持続可能な社会の実現のために役立つと考えます。公害資料館ネットワークとして、環境、教育、福祉などの発展・向上に取り組む全国規模の主体と協力・連携したいとの思いから、今ここに呼びかけます。

■ 二度と公害を起こさない持続可能な社会をつくるためには、全国規模の主体と協働せずには成し得ません。公害資料館ネットワークは、全国規模の主体らとともに掲げられる目標を見出したいと思っています。そのため、持続可能な社会の実現に向けて「公害を伝える」意義を対話しながら再構築し、信頼関係を醸成していきたいと考えています。

3-3.協働するための姿勢

1)良し悪しの価値観が異なっている人たち同士です (前提条件)

「公害を伝える」ことの必要性を関係者間で共有していても、その伝え方や伝えたい内容の優先順位は異なります。また、共有されていると思う「市民としての責務」や「正論」であっても、時として違う考えを持つ人がいるかもしれません。何を良いと考え、悪いと考えるか異なっている人がいることを前提とします。

2)組織や立場を背負って発言や行動している人たち同士です (他主体の視点を持った対話)

被害者、加害者、支援者、第三者など異なる過去・立場・所属の人たちでは「公害の見かた」が異なります。その見かたの違いから、お互いに非難や拒否したくなる時もあります。みながそれぞれの組織や立場を背負っていることに配慮し、相手に敬意を払った対話が不可欠です。

3)上下関係のない対等な人たち同士です (仲間意識)

裁判上の被告-原告の関係性、契約上の行政-民間の甲乙関係などの上下関係は存在しても、取り組みを協働して進める関係者間では新旧・上下関係ありません。すべては同じ目標を達成するために集う有益なパートナーです。

4)来るもの拒まず、去るものは惜しむ (メンバーの加入と脱落の緩やかさ)

協働を進めていく中で、参画者によっては様々な理由や事情によって一時的な中断や脱退があるかもしれません。そうしたメンバーの変化は取り組みの失敗や頓挫ではありません。変化を寛容に捉えることが、後に復帰あるいは新たなメンバーの参加しやすい雰囲気となります。

5)時間の流れは止められず関わる人たちは変化していきます (引き継ぐ価値観と変えてもよい価値観)

時間が経過し、公害を直接知る世代(当事者)、その世代と接している世代(現在世代)、そして当事者と出会ったことのない世代(次世代)がすでに存在しています。それに応じて、社会通念が形成されていきます。そのため、それでも引き継ぐべき価値と、世代とともに変化してもよい価値の両方の存在を認めます。

6)目標は時間が立てば古くなるので頃合いをみて見直せばよしとしよう (目標の順応的な設定)

当初目標を断定的、恒久的、普遍的な目標と捉えてしまうと、関係者にとって踏み絵的になりかねません。取り組みが進めば、新たに達成したいと思う目標も高くなり、具体化されるものです。取り組みの経過とともに順応的に目標を見直せばよいと考えます。

7)ひとまず共に座ることのできる幅広いテーブルをおきます(協働への発展可能性の確保)

公害資料館以外には「公害を伝える」ことに意義を感じていない人たちもいます。そうした関わりをまだ見出だせない関係者らとの協働には、ひとまず共に座ることができる幅広いテーブル(話し合える議題の広さ)が必要です。具体的な課題の解決や協働へと発展する可能性自体を否定しない方がよいと考えます。

8)それでも揉めたときにはこういう風に考えましょう (紛争解決法の事前合意)

人は間違い、失敗もします。それが原因で揉めることもあるかもしれません。揉めた時にどう解決するかを事前に決めておくことは、重症化を避け、早期解決するために有効です。ここでは、揉めた時には原因を追求するよりも「解決するためにはどうしたらいいか」を話し合う場を第三者が設定しましょう。

 

※資料編はPDFを参照

公害資料館ネットワークの協働ビジョン(全文/PDF)